2026年04月22日

神社のお賽銭

幼い頃かもうしばらくした頃、なぜ投げるのか祖父母に聞いたことがあったみんながしているから、だけど、大人たちがお金を働いて稼ぐ、普段は大事にしてるから不思議だった。
後から伝承というかしきたり的にそうだと本などにありもし、考えもしたけど、しきたりだからとはもともとその頃にも聞かされはした。
しかし、しきたりだからとて、ふと、納得がいかなかったというか、右へならへ的な気もし、結局はわからないまま、そうしてきたのを、たまに神社に行くと、思い出す。
 
 結局、生活などに追われ流してきたけど、今では当たり前になってしまったが、あの頃感じたなにかを、当たり前になる事が、よいのかどうかたまに自問自答もある、でも結局、わからないし、お参りはお参りだから。

 結局そうしたまま時が流れた、これからもそうでしょう。
 不思議だった時期はありましたが、そんなもんなんだと、不思議なものです。



posted by Liriy at 05:26| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年04月12日

犬の力猫の木🐱🐈‍⬛

久しぶりに晴れたから犬連れの方達によくすれ違う。
まあ犬や猫や鳥も天気変動激しく大変なんだろうけど、犬のリードが光るのを見て犬達は気にしてない、むしろ周りの草や電柱が気になり、飼い主が待つ羽目になって、可笑しい時があるんだけど、まあ人が犬を可愛がる一つの趣味でもあり、しかし犬達はそれよりも、まあそんなもんなんでしょう。

 顔さえ突っ込まないけど、気持ちがわかる気もする。しかし人間だから装いたい時もある。しかし犬達が嫌がらないのならだけど、リードの光るあたりは、見えない優しさがそうなったようにも見えて、ビルの中雑踏混雑をいやす場合がある。

 そうでなかったならば?猫たちが前は駅前の木や、自宅駐車場によく来た、鳴く場合もあるが、のんびり昼寝を車の上でしていたり付近草やその他でしていた、今は皆無だ。駅前の木はモール建かわりのち移動し植え替えたが、あの頃野良を可愛がってた人らや、猫らの姿は見なくなったから、そんな犬たちが飼い主といなかったら、?、と思う夕暮れなのでした。

 
posted by Liriy at 11:36| Comment(1) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月31日

くす玉とバンザイ

長く見かける事がなくなった。
それだけ国内にめでたい事が市民に少ない、ということなんだろう、国内中に。
式典で上がるのではなく、内祝いやなんやで上がらないのだ。
そんな事は当たり前にあった時代が思春期から青年期だった。
復興復帰、再生、うまくいっているのだろうか。



posted by Liriy at 13:46| Comment(1) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月22日

お守りなどは、

初詣のお守りやおみくじを見るにつけ、絵馬は近年はあまり、やはりその場だから祈願の意味が通じるような、なんとなくオンラインで買えば、ピンと来ないような。
つまり、ただのものとしての価値しかわからない、やはりその場にいないと。
しかしながら、現代においては、そればかりの力でない事もわかる時代に、ただ、やはり、インスピレーションやカンや気持の効果というものが、何かに作用するのが皆無だとも思わないから、やはりその場のほうが、しっくりくる。
通販したら、その気力はないが、努力やなんやも大事なんだと痛感もさせられる、つまり、どちらも場合に応じて必要で、インスパイアが努力させ、努力だけでは立ち行かない時、気力や気分転換、方向転換などを補うのも大事だと。
 要するに、両方がうまく交錯しなくてはならないのだと、当たり前なんだけど改めて思う事に。


posted by Liriy at 22:47| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月04日

飾られていた花。
庭や紅葉や木立もいい、野原や公園もいい。
でも、飾られてるのをみたら、別な意味で、師走だなと思う。


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posted by Liriy at 08:37| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする